まるで短編映画のような「長すぎるMV」はいかにして生まれたのか? 直太朗が行きつけの東京・代々木上原の「初音鮨」で番場と対談し、制作の舞台裏を語り尽くした。

取材場所はお寿司屋さん

番場:この間、1回来ました。 直太朗:あ、中トロの握りと玉子、かっぱ巻きをお願いします。このために、何も食べて来なかったからね。 番場:俺もです! 番場:『人間の森』です。 直太朗:その時の打ち合わせで、レーベルの人に紹介してもらって初めて会った。 僕はMTVとかスペースシャワーTVとか、すごく良く見てた人間なので、バンバンが手がけたMVは知ってたけど、まさか自分が撮ってもらうとはつゆほども思ってなくて。

第一印象は「変態」「奇才のイメージ」

番場:だって有名人だから、テレビで見てたし……。 直太朗:でもほら、目の前にした時のオーラとかさ? ――自分で「オーラ」って言います?(笑) 直太朗:いや、あるでしょう。 番場:一方的に見ていて、これ絶対、大好物だなと思って。 直太朗:何、何? 番場:絶対、変態だわと思って。 直太朗:俺、めっちゃ常識人だからね(笑) こっちはバンバンに対して奇才のイメージがあった。正直、打ち合わせも本当に宇宙の言葉をずっとしゃべってるみたいな感じだったんで。 なんか、ちょっとぬるいこと言ったらキレそうな雰囲気があって。どうしよう、怖いなって。でも、いろいろ割愛するけど最終的にはスゲーかわいい人だなっていう風になった。かわいらしい人。 ――番場さんもドキュメンタリー映画『直太朗直太朗 人間の森をぬけて』の舞台挨拶で、直太朗さんのことを「すごくかわいい人」と評していましたが。 番場:言ってました、言ってました。「顔がタイプ」って。テレビで見てる時からずっと思ってました。

何の因果かバンバンに

直太朗:もともと、弾き語りで作品をつくるっていう概念はなかったんです。でも、100本ツアー(※デビュー20周年記念ツアー「素晴らしい世界」)の前編で弾き語りのライブをした時に、やっぱり自分の原点はここにあるんだなって。 正直、弾き語りでワンマンしたり、アルバムを録ったりできるほどのスキルはない。だけど、そういうことじゃないんだと。この「状態」が大事なのに、活動していくなかで、いつからか手放してしまっていたのかもしれないと思って。 だから、弾き語りのツアーをやれたのはすごく大きかったです。何の因果か、それをバンバンに撮ってもらってるっていう。 「人間の森」ツアーを経て、自分なりにもうひとつ自分自身を見つめる、深掘りするような活動にしていかなきゃっていう時にアコースティックライブを大阪でやったんだけど(※2019年12月の「Precious Live in 大阪」)、それもバンバンが撮ってくれたんですよ。 僕の20年の後半の紆余曲折とか成長過程を、結構ずっと撮ってくれてる。その礎があるから、今回満を持してやってる100本ツアーや『原画』を撮ってもらってるのも、この人とは何かあるんだろうなって思いますね。

お久しぶり?

直太朗:そんなことないよ。 番場:いやいや、久しぶり。3年ぶりくらいでした。 直太朗:コロナ禍になる寸前に、アコースティックライブを撮ってもらって……でも、そのあと『最悪な春(弾き語り)』(2020年5月)のMVもやってもらってるよね? 番場:……そうですね、やってるわ。 直太朗:あなた、覚えてないの!? 私とのことを。薄いの? 番場:でも僕、朝ドラもずっと見てなかったですけど、見るようになって。 ――直太朗さんのおかげで? 番場:そうです。 直太朗:そこはすごく評価してくれるんですよ。 番場:『あまちゃん』ですら見てなかったんですけど、『エール』からようやく。 ――ああ、直太朗さんがAIさんに『アルデバラン』を提供した『カムカムエヴリバディ』の方じゃなくて、俳優として出演した『エール』の方から入ったわけですね。 直太朗:そうそう。 番場:演技は別に褒められたもんじゃないですけどね。 ――ちょっと!(笑) 主人公の恩師の藤堂先生が戦死しちゃうシーン、泣きましたよ。 番場:はい、そこから朝ドラ見るようになりました。 番場:イワシ食べたいっす。 直太朗:じゃあイワシで! 瓶ビールもください。

短編映画のようなMV

番場:長いのは曲分の長さなんで。ただ、一本通しで見れるようなものにしたいな、とは思ってました。 直太朗: 「MV」っていう呼び名が適切なのかっていう話かもしれませんね。じゃあドキュメントなの?かというと、そうとも言い切れないし。 自分たちが駆け抜けた季節みたいなものが、作品を介してまざまざと切り取られてる。全部で何曲でしたっけ。5曲?6曲かな。 ――いえ、7曲ですね。 直太朗:そっか。 番場:7曲もありましたっけ? 事務所スタッフ:7曲です。 ――『アルデバラン』から『レスター』まで。新潟・佐渡島で撮影された映像を中心に、直太朗さんの別荘の山小屋やプライベートスタジオでのレコーディング風景も織り交ぜられています。 直太朗:じゃあ「レスター」だったら「レスター」がMVなのかっていうと、たぶんそういうつもりで撮ってないと思うんですよ。 番場:そういうつもりでは撮ってないですね。 直太朗:空気とか気配とか……言葉にならないものが、すべて映像になってる。 1曲の中にある世界観なのか、自分が20年かけてやってきたことの背景にあるものなのか? それがバンバンの奥にある何かとどう、まぐわっているのか? 本当によくわからないものになった。 佐渡という島で、あの空気の中であれを撮った。思い出なのか、トラウマなのか。何が撮れてるのかわからないっていうのが、すごいなと思って。

楽しかった佐渡の旅

番場:なんか、そもそも映像いるのかなって。 直太朗:業界のいろんな慣例があるわけじゃないですか。音源を撮ったらCDにしましょう、配信しましょう。それに際して、じゃあMV付けましょうとか、いまだったらリリックビデオつくりましょうとか。 そこに対して細心の注意と疑いを払いながらも、やっぱり映像として曲を見てもらって、こういうアルバムが出ましたっていうことを知ってもらうのはとても有効だなって。 『原画』には、鼻をすする音とか、食器の当たる音、鳥のさえずりや木々のざわめきまで入ってるんですね。 音楽以外の奥行きがあるこの世界観を撮ってくれるのは、たぶんバンバンしかいないだろうってことで頼んだら、割と二つ三つ返事くらいで「いいですよ」と言ってくれたので。 佐渡で弾き語りライブをした時に、バンバンに撮ってもらったのも大きかった。その時の佐渡の旅がめっちゃ楽しかったんですよ。 だからいま、四の五の言ったけど、半分以上はまた佐渡に行きたいって口実で撮った感じもあったりして。

貝殻の集積所で…

番場:なんか感覚。佐渡で撮るってことは絶対つながるわけじゃない? 同じ場所で曲と曲がつながってくるはずなんで、つなげようというのは初めからあった。 バラバラでもいいけど、渡す時はつながった状態で見てもらいたいなって。というのは、お客さんにというよりは、直太朗君に。その前に(スペースシャワーTVで)番組つくったので、そのイメージも呼び水になって。 ……いや、難しかったです。曲聴いてもらったらわかると思うんだけど、別に映像がなくてもいい感じがあるじゃないですか。 直太朗:バンバンはずっとこんな感じのこと言ってんのよ(笑) 「いや〜、でもな」とかって。 やっぱり、CDを聴くっていう行為だけじゃない「入口」をつくりたいっていうのはこっちの勝手な都合だし、宣伝的なものもあるんだけど。 でも、やっていくうちに「森山直太朗の『原画』から始まったけど、そこから切り離されて、バンバンの作品に俺が参加してる」みたいな気持ちになってきて。 『レスター』を歌ってるのって、佐渡の海沿いにあるカキの貝殻の集積所なんですよ。カキに囲まれて、埋もれながら歌ってるって、もうよくわかんないじゃないですか。 これって半分以上、バンバンの作品だよなと思って。めくるめく番場秀一の世界。

何とも言えない顔

直太朗:あれ、大変だったの。紙テープの予備がほとんどなくて。1個投げたら、全部海に浸かっちゃうからって一発勝負でやったんだけど、全部風に流されちゃった。 俺に向けて投げてくれっていう演出だったのが、全部別の方向に行っちゃって。最悪ですよ。 番場:何とも言えない顔してるんですよね(笑) 直太朗:「撮れてんの?」っていう顔もできないし。物語とかちょっとは説明してくれるんだけど、台本はないし。お互い感覚と波長でやってるから。これが、バンバンの世界なのかなって。 番場:ふふ。紙テープ、いい感じでしたよ。

メンバー総出でピアノ運び

番場:海までみんなで運びました。いる人全員で。 直太朗:たぶんですけど、200キロぐらいあるんですよ、ピアノ。美術スタッフ、照明スタッフも含めて、本当にチームプレーで。スタッフも5人くらい、本当に少数精鋭で行ったので。 ――ピアノはどこから持ってきたんですか? 廃校のピアノをお借りしました。現地コーディネーターでドイツ人のナタリーが交渉してくれて。漁港に許可とったり、いろいろ動いてもらって。 直太朗:ナタリーが全部難題を解決してくれた。『レスター』で漁船をチャーターしてくれたのも彼女。 めっちゃ存在感あるから、『どこもかしこも駐車場』でも「ハーモニカ吹いて」ってお願いして出てもらった。 ――MV出演まで! ミュージシャンとかじゃないんですよね? 番場:全然、全然。佐渡の人です。 ――ナタリーさん、敏腕すぎる。 直太朗:なんやかんや、キーパーソンでしたね。 とにかく、旅が楽しかった。過ごした時間が楽しくて。せっかくだから、なんか写真撮っていこうかとか、ちょっと歌っていこうかみたいな。 バンバンからしたらもっと全然違う感覚あると思うけど、僕はでも結構、音楽ってそうあるべきだなって思っちゃう。

ゲシュタルト崩壊の果てに

直太朗:まさにそうですね。あらゆる垣根がなくなった瞬間に、ポッと生まれるものっていうか。垣根取っ払うのってなかなか難しいじゃないですか。 どうしても、「インタビューする人」「取材して答える人」ってなっちゃうから。でもこれが、7時間くらい話してたら、垣根がなくなってくる。 そうやってゲシュタルト崩壊した時に、その霞をつかむみたいな。 番場:ゲシュタルト崩壊って何ですか? ――知っているはずの文字が読めなくなっちゃうような現象ですよね。「寿司」ってどういう字だっけ?みたいな。 直太朗:何回も書いてると、よくわかんなくなってきたりね。 番場:ああ、それはあるね! 虹って書いてる時に「なんで虫?」とか。 直太朗:たぶん、ゲシュタルト博士が見つけたんじゃない?(適当) ――なるほど。だからMVの撮影も佐渡だし、今日のインタビューもお寿司屋さんだし。ゲシュタルト崩壊させたかったわけですね。 直太朗:そうそう。「意味」じゃないよね。 番場:まあ、遊ばせてもらいましたね。 1976年、東京生まれ。シンガーソングライター。2002年、ミニアルバム『乾いた唄は魚の餌にちょうどいい』でメジャーデビュー。翌2003年に『さくら(独唱)』の大ヒットで注目を集め、NHK紅白歌合戦に出場した。 デビュー20周年を迎えた昨年、アルバム『素晴らしい世界』を発表。今年1月17日には、自身初の弾き語りベストアルバム『原画I』『原画II』を出す。俳優としてNHK連続テレビ小説『エール』に出演するなど、演技力にも定評がある。 番場秀一(ばんば・しゅういち) 京都府峰山町生まれ、映像作家。1997 年に映像ディレクターとしてデビュー。森山直太朗、 BUMP OF CHICKEN、椎名林檎、Superfly、くるり、エレファントカシマシなど数多くのMV、ライブビデオを手掛ける。

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