一昨年に新型コロナウイルスに感染し、一時は死をも覚悟したという歌手・森山直太朗はそう振り返る。 壮絶な闘病体験を経て生まれた『素晴らしい世界』などを収めた、初の弾き語りベストアルバム『原画I』『原画II』が1月17日に発売される。 近年の直太朗の活動を間近で見守り、『原画』のミュージックビデオも手がけた映像作家の番場秀一と対談し、死生観の変化や創作への思いを明かした。

生きてるだけで

直太朗:コロナの時は死ぬかと思いました。「死ぬかと思いました」っていうのは、結果的に死んでないから言えるんだけど、一言でとっても怖かったんですよね。 大げさだよって思うかもしれないけど、未曾有の病気だったし、素人の判断でどうこうできるものでもなかった。 酸素濃度とかも病院に行かなきゃいけないレベルだったのに、最初は大丈夫だと思ってたんだよね。いいよ、いいよって。その後に壮絶な苦しみが待ってたんですが……。 9日間、10日間くらい39度とか40度超える熱にずっとうなされ続けて、ほとんど飲まず食わずで。家族が看病してくれたり、ケアしてくれたりはしたんだけど、全然、記憶がなくて。 「もう歌うことさえ、できないんじゃないか」って思うぐらい、かなり衰弱した。だからこそ、「生きてるだけで良かった」って思えたんですよね。 それまでの僕が歌うこと、表現することに対して持っていた執着とか、「こうあらねば」みたいな変なこだわりが一切なくなって。「まあいいじゃん、歌えてるんだから」「歌えてるんだぜ? いま」っていう。 すごくざっくりした感想になっちゃうけど、一応生き永らえたっていうこと。あとは、できることをコツコツやっていくだけでしょって感覚に逆に居直れたのも、大きかったかもしれないです。

「明日がないかも…」失いかけた日常

精神的にも肉体的にも。もしかしたら明日がないかもしれない、もしかしたら歌えないかもしれない。日常や未来を失いかけた時に、初めて「いままで当たり前のようにあったことが、そうじゃなかったんですね。すみません」っていうような気持ちになるわけですよね。 情けない話なんだけど、俺はそうでもしないとわかんない人間だったから。「この門はやっぱり、くぐるべき門だったんだな」と思って、受け入れてます。 僕、小鳥を飼ってるんだけど、小鳥のひなを預けた知り合いの僧侶さんにその話をしたら、「修行僧の人がやる荒行と同じ状況になってますね。悟っちゃったんじゃないですか?」って言われて。 ――悟り、開いちゃったんですか? 悟り開いたとは思ってない。開き気味くらい(笑) 本当に修行してる人に怒られちゃうから。 でも、荒行って10日とか2週間とか飲まず食わずで山を登って、すべての情報から遮断されて、幻想とか幻覚を見るみたいな部分もあると思っていて。 僕も実際、病床で幻覚もたくさん見たし、悪夢にも見舞われたし。貴重な体験でしたね。 ――2020年の『最悪な春』はコロナ禍の社会を少し引いた目線でとらえて歌っている感じがありましたが、『素晴らしい世界』の方は直太朗さん自身の体験がより色濃くにじんでいる? あの日の君がそこにいても いつか形を変えて会えるなら 悲しみもろとも引き連れて 繰り返す時の狭間で 醒めない夢の調べ 素晴らしい世界はここに 懐かしい我が身の中に 素晴らしい世界はここに》 (森山直太朗『素晴らしい世界』) 直太朗:まさにそうですよね。『最悪な春』は状況に対して宇宙の視点でもって人の深層心理を歌っている曲で、『素晴らしい世界』は主観のコアの部分に限りなく近づいて歌っている曲。 一周して主観と客観っていうのは表裏一体だから、どこかで通ずるものがあるのかなっていう風に思ったりはするんですけど。

誤解された名曲

ちゃんと歌詞を最後まで聴けば、《生きてることが辛いなら くたばる喜びとっておけ》というメッセージがあるのですが……。そのことについて2021年に取材した時、直太朗さんはこんな風に言っていました。 直太朗:普遍的なテーマの作品が多いから、額面通りに言葉尻だけをとらえられちゃうと、その曲の「うまみ」として面白くない。 「詩が読めないんだ……」という思いもあったけど、「俺が音楽として詩を伝えきれてないんだ」「表現がまだ追いついてないんだ」とも感じた。これは歌い続けなきゃなって。 コンビニ規制がかかったり、ラジオでも制限されちゃったりして。「この曲は最後まで聴けば……」っていうのもよく言われるけど、本当に耳が痛くて。 最後まで聴こうと思われなかったということは、僕の表現者としての浅さがあるんだなと思ってます。(2021年4月のインタビューより) リリースしてから「どうやったら伝えられるんだろう?」ともがいて、いろいろ試行錯誤しました。でも結局、「伝えなきゃ」ってことに執着して、こだわってるからいつまでも伝わらないんだろうなって。 押してダメなら引いてみろじゃないけど、ただそこにあるものを朗読する感覚でその曲と向き合えた時に、「いや、わかんないよ!この曲の宇宙なんて」と気づいた。 だとしたら、謙虚に朴訥と、その歌を詠めばいいんだって思ったんだよね。そうしたら、すごく楽になった。 もともと御徒町(凧)が書いた縦書きの詩でね。さらに言えば、あいつも「わかんない」って言うんですよ(笑) ちょっと照れも入ってるかもしれないけど。 あとの曲に対する感想、解釈は改めてみなさんに委ねます。僕も皆さんと同じように、この詩を詠みあげただけの人間ですから――という気持ちになれたのは、今回の弾き語りがとても大きかったですね。 ――『生きていることが辛いなら』に関して、番場さんはいかがですか。 番場:へっ? すみません、ちょっと動画撮るのに夢中で聞いてなかった。 ――いつの間にカメラを! 忍びの者みたいですね(笑) 番場:いいですか? ――もちろんです! 直太朗:こういう映像が、また何かに使われるんだね。

つらい中でも踏ん張って

番場:あります。すごくあります。これは言ってもいいのかな……。 2018〜2019年に「人間の森」ツアーがあって、非常にいいツアーだったんだけど、どうもつらい時期だったみたいで。雹が降っているような時代だった。 役者とかやってましたけど、多分どえらいつらい時期が続いていたと思うんです。でもいまは、作曲家としての才能も知られるようになって。 大したもんだなと思いますよ。つらい中で踏ん張って、光を浴びているなって。

人間の森をぬけて

番場:内情はあんまりよくわかんないですけど、そういうのはあると思います。やっぱり一人でやっていくこととか。 直太朗:バンバン(※番場さん)が言ってるのは「人間の森」ツアーの最中とか、終わった後の時期のことだと思う。 というのは、まさしく「人間の森」から抜け出せないっていうような感覚だったんですよね。それが呪縛なのか、しがらみなのかわからないけど。 孤独だからつらいのか、本当にやりたいことをできていないつらさなのかっていうと、たぶん後者の感じなんだろうなと思っていて。 もともと、孤独だったから。そこからいろんな人と出会って、いろんな関係とか腐れ縁の中でやってきたんだけど、個人として本当にやりたいことだったのかどうか。そこの棲み分けがすごく難しくなってきたのが、「人間の森」だったのかなと。 もう失うものなんかないから。たかだか俺一人の人生だし。何が本当にしたいのか?ってことを考えたら、すごくシンプルな答えにたどり着いたんですね。それが何なのか、あえていまは言わないけど、今回の『原画』であったり、舞台の上にあるから。 シンプルな答えを大切に活動していくうえで、個人的に決別しなきゃいけない人がいたり、自分の中で習慣として頼ってしまうような気持ちに、一回線を引かなきゃいけなかったりもした。 それを整理するつらさ、あるはずの……いつもならあったはずのものが、そこにないっていう寂しさみたいなものはあった。 でも逆を言うと、この先20年30年続いていくっていう風に考えるなら、いま気づけて良かったなっていう感覚もあるんだけど。 たぶんバンバンが見てるなかで、そういうことを感じたのかな。映画撮っている最中に独白したり、撮った後もバンバンにいろいろ話したことが自分の整理になった気がする。 番場:よく、ぺしゃんこにならずに……本当にすごい。ぺしゃんこになっちゃう可能性もあっただろうなって。 直太朗:まだ全然あるよ。  番場:いや、ここを乗り切ったから。弾き語りアルバムを出すガッツがあるから大丈夫。評価も受けて……うらやましいっす! 直太朗:出たよ!(笑) 1976年、東京生まれ。シンガーソングライター。2002年、ミニアルバム『乾いた唄は魚の餌にちょうどいい』でメジャーデビュー。翌2003年に『さくら(独唱)』の大ヒットで注目を集め、NHK紅白歌合戦に出場した。 デビュー20周年を迎えた昨年、アルバム『素晴らしい世界』を発表。今年1月17日には、自身初の弾き語りベストアルバム『原画I』『原画II』を出す。俳優としてNHK連続テレビ小説『エール』に出演するなど、演技力にも定評がある。 番場秀一(ばんば・しゅういち) 京都府峰山町生まれ、映像作家。1997 年に映像ディレクターとしてデビュー。森山直太朗、 BUMP OF CHICKEN、椎名林檎、Superfly、くるり、エレファントカシマシなど数多くのMV、ライブビデオを手掛ける。

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